旅行記
ローマからナポリへ移動。
サレルノでネットで友達になったイタリア人のギャルに会う。
世界遺産 アマルフィにも寄ります・・・
忙しいぞ★

●11/17●
個人宅のB&B宿泊も気を使って疲れたので
若干開放された気分。
世界の車窓からって感じでNapoliへgo!

早くもナポリ的出来事に遭遇。
車内販売のおじさんが私のコンパートメントから動かない(ーー;)
「日本人?どこから来たの?どこでイタリア語習ったの?」
そしてちょっと働きに行ってはまたすぐに戻ってきた。
おじさんに「ナポレターノなの?」って聞いたらそうだって。
「君が明日暇ならおいしいピザ屋さんに連れてってあげるのに・・・」「君ってあの海みたいにきれいだね!」
なんてベタな・・・ウケる!
私の反応がイマイチだったからしつこく言ってた。
「君のことだよ!」って

おじさんに連れられなくてもピザ屋を見つけました。
食べ比べてないけど、おいしい!なんておいしい!!
ビアンコってのをオーダーしたらモッツァレラだけのピザが来た!
ナポレターノにはとてもとても警戒していたけど
(すでにこの時点でタクシーぼられ済み)
このお店の人はとってもいい人たちでした。
海岸通りのtesta pizzaってお店です、確か。

スッパカナポリに近い辺です。多分。

カプアーノ城ですね。
この城の脇の道は「ここは台湾か!?」
と思うくらいの中国人街です。
でもナポリにビクビクしてた私はまるで同胞に会えたかのようにほっとしたのでした。
多分ここらへんのことだと思う。
車内販売のおじさんが「中国人が多くてねぇ~~イタリア人の店が閉まると中国人の店がそこにできるんだ」
ってボヤいてたわww

●11/18● アマルフィ、サレルノ
朝っぱらからサレルノに向かう。
ナポリのホテルはネット予約したけど、大失敗だった。
ドアチェーンないし、窓開けたら閉まらなくなったけど!!怒
荷物が心配だけど、サレルノへ向かう。
現金はストッキングの中ww

サレルノからアマルフィまで1時間ちょっと。
駅前広場からバスが出ていた。
チケットは駅前のタバッキで買えました。
往復乗降り自由のが€6
そして世界遺産のアマルフィ!
・・・・多分船で到着するとすばらしいと思う。

陸からだとどうしても旅雑誌に載ってるようには撮れないと思うのだけど・・・

海の町だから魚屋さんあった。

パプリカもナスもでかすぎww

ドゥオモ広場。

リモンチェッロのお店
ちょ~かわいい!

これコレナニ?

サレルノに戻る。
待ち合わせにギリで到着。忙しいww
ごめん、日本人なのに若干遅れ気味。
←日本好きギャルのケータイ
デコってみたらしい。かわいい。
待ちうけもギャルだね。。。

「世界で一番ピザがおいしいよ」
と言われていたけど、ほんとにおいしい。
やっぱりマルゲリータ、おいしい^^

みんなやたらとかわいい^^
私よりだいぶ若いし・・・

natale前でイルミネーションがとてもキレイ。
ここは駅前通りみたいなとこだけど、日本みたい。
安全なとこだって印象を受けた。

去年のイルミネーションは魚だったらしい。
とてもキレイだったんだって。

1Fがお店で上がappartamentoになってる。
ここにひと部屋欲しいです・・・

駅前。
彼女たち電車のチケットを間違えて買ってくれたww
彼女たちと別れてからまだ2時間以上暇になってしまった私。
また街へ戻って本屋さんやデパートをめぐる。
coinやupimがあってよかった。

何故か料金が高くておかしいと思ったんだ。
なぜかユーロスターでナポリまで帰りますww
乗ってみたかったので別にいいけど・・・

鉄道マニアじゃないけど。
それにしてもナポリに戻るってのが気が重い。
着いたら21:00過ぎだし、怖い。
サレルノに泊まれば良かった。

●11/19●
友達にこの写真見せたらしょぼすぎて笑われた。
せっかく朝食付きなんだから食べますよ。
ヨーグルトは私が買ったものです。
チェックアウトの際、またボラれそうになりました。
あの、ホテルですよね?ココ?
ほんとナポリ人ってそれでいいのか?

ヌオーヴォ城です。
駅近くのホテルから歩いて40分くらいかかった。
バス乗るべき。
はるか前に来て遠くからみた”卵城”だと
ずっと間違えてたw
ややこしい。nuovo とuovo

お城の中は美術館。
屋上より。
ヴェスヴィオ山が見える。
山に興味ない私だけど、この山は印象的でした。
眺めがいい!

ヌオーヴォ城の扉オリジナルらしい。
穴が開いてる。弾も残っている。
すごい。

誰の骨??

今度こそスパッカナポリへ。
昼間だし、お客さんが大勢でたのしい。

ニーノ像。
この隣あたりのお店がかわいくてよかった。
プレゼピオ買っちゃった。

ニーノ像の近くの広場にあったお店にて購入。
€1だったと思う。
めちゃウマ。
中はトマトソースと、ホワイトソースが絡んだお米!
日本人としては米はもうちょっとやわらかいと良いけど。

人が多い。
観光客?
でもなさそうね。。。

毎日縁日みたい。

雰囲気満点だよ!
でも、ナポリのゴミ問題は健在だった。
海岸通りには燃えたあとの車とか。。。
大丈夫?
ただ、多分ナポリの人は掃除が嫌いなんだね。
車もどんなに鳥のフンまみれよっって車あったし、
ホテルさえ部屋汚かったもん。
面白かったけど、気を抜けなくて疲れたナポリ。
さぁローマへ帰ります。
違う友達に会います♥
旅行記
サンドメニコパレスを出て、小さな坂道を登るとなだらか坂の小じんまりした広場に出る。
中央に噴水が有り、噴水の中心のモニュメントの上に奇怪な半人・半獣のケンタウルス(と云われる)の像。
広場の周囲にはドウォモ、市庁舎が道を隔てて建っている。
市庁舎の壁にはユダヤの象徴・ダビデの星が刻みこまれており、複雑な人種構成を窺わせる。
坂の上には広い石段が伸び、狭い広場を広く感じさせる工夫が施されている。
それにしても何故こんな所にケンタウルス像が有るのだろう。
タオルミーナ旅行マップ
http://www.geocities.jp/tshinyhp/sicilia-southitalia/sicimap/taormina/frametaormina.html
*ケンタウルスに関心をお持ちの方は下記を参考にして下さい。
47.スズカケの大木in ケンタウルスの故郷・ピリオン地方
http://4travel.jp/traveler/shintch/album/10168847/
旅行記
何て悲しい日だろう。
私の男友達が、奥さんとの別居承諾書にサインをした。
一人で弁護士の元に行くのには忍びなかったのか、一緒に行ってくれと頼まれた。
私は弁護士事務所の入り口まで一緒に行き、下で待っていることにした。
待っている時間がどれほど長く感じたことか。
ニコーラは奥さんのことを本当に愛していた。
たぶん今でも愛しているのだと思う。
婚約期間10年、結婚期間3年ののち、別居書類にサインをする結末となった二人。
よくよく考えてみれば、私は二人の結婚には賛成していなかった一人である。
ニコーラは王子様の様に、彼女が欲しいものは全て買い与えた。
奥さんであるシルバーナは、それでも満足することがなく、ニコーラがうちのローンの返済のために少しでも稼ごうと残業をして帰った日には大変なことになったし、有名ブランドの洋服以外は身につけなかった。
どんなに高級車に乗っていても、もっと高級な車に乗りたがったし、ニコーラの唯一の趣味であるサッカーの練習さえも快く送り出すことはなかった。
皆が皆、“シルバーナは君とは会わないよ。
今後のことをよく考えた方がいい”と言ってみたところで、何の効果もなかった。
そんな二人が分かれることになった理由はざっと以下の通りだ。
ニコーラは、はっきりいって生真面目な人間だ。
そんなニコーラにうんざりしたシルバーナは、同じ職場で働いている男性と付き合い始め、まもなくその男性との子を妊娠した。
それを知ったニコーラは、怒り出すかと思えばそうでなく、彼女を許し、自分の子供として育てるとまでいった。
シルバーナはそれを受け入れなかった。
こんなニコーラを私は気の毒で仕方がない。
毎日の生活は決して楽しいことばかりではなく、むしろ退屈なことばかりで気が滅入ることが多いが、悲しいとき辛いときに自分の側にいてくれる人が必ずいるので、周りを見回してみよう。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
最近一日が短くなったような気がする。
一日のうちにやらなければならないことが山ほどある。
そうそう近頃スーパーは週末にしか行かないことにした。
職場から大急ぎでスーパーに向かいたくない。
スーパーの閉店に何とか間に合うようにと車を走らせると、ストレスで汗をかく。
さらに売っているものは他の人が買わないような残り物ばかり。
だから買い物は土曜日と決めている。
私の彼は、スーパーでの私の動作が遅いといつも文句を言ってくる。
さらに2,3品買うつもりで出かけても、山ほどの買い物をすることにブツブツ言う。
そんなときは決まってこう答える。
“毎週日曜日のサッカー観戦に、おつまみがなかったらどうするの?”と。
それにしても何で彼は私と同じ考え方をしないのだろうか?そんなに私の買い物の仕方が気に入らないのだったら自分ですればいいのに。
そしたらカートを押しながら長い列の後ろについて、何十分も無駄な時間を過ごさなくてすむのに。
私はうちで好きな雑誌を読んでいることもできる。
毎週買い物リストを作る必要もなくなる。
はっきり言って、私にとっては彼も身の毛のよだつ様な買い物の仕方をする。
ビールを1ケース買えなんて誰も言っていないのに平気でカートにのせるし、ハンバーグの作り方は私も彼も知らないのに、ハンバーグ用のひき肉を一キロも買う。
怒るのは体に悪いと思うから黙っているけど、私が思うにやはり女の方が男よりも頭がいい。
女の場合、答えを見つけるのに2日ぐらいかかることもあるけれど、最終的に答えを見つける。
男性諸君が後生大事にしている高性能の携帯電話が何の役に立つのか考えたことありますか?いつでもどこでもネットができて、鮮明な写真が撮れるという答えが返ってくるかも知れませんが、普通の携帯でも充分に役を果たすと思いませんか?
今日はうちにある全ての食料品の写真を彼の携帯で撮った。
これなら無駄な買い物はしないと思って。
天才的なひらめきだと思いませんか?
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
今年の夏休みも例年通り帰省した。
休み明けに友人達から“夏休みどこに行ったの?”と聞かれると本当に困ってしまう。
そんなときは大抵お茶を濁す。
実際、夏休みをどのように過ごしたのかを語るときほど、恥ずかしい思いをすることはない。
母と一緒に家の中で過ごしたなんてとても言えない。
母はある程度の年齢に達し、体が弱くなってきている。
特に父が亡くなってからというもの、うちから出ようとしない。
自分ひとりだけ休暇を楽しむのは、父に対して申し訳が立たないと思っているようだ。
私から言わせると、これは母と同年代の女性が持っている時代遅れの考え方だ。
子供のころ私は、夏休みが待ち遠しくて仕方なかった。
毎年家族で海に行った。
夏休みが近づくと、今年は例年と違った過ごし方をしようと、湖や山に行こうという話しが持ち上がるのだが、夏休みになると決まって海へ行った。
太陽の光を体一杯浴びながら、浮き輪を使いながら水の中でバタ足を踏む、そんな楽しい遊びを諦めることはできなかったからだ。
夏休み中、私と弟は朝7時に目を覚まし、先ずは朝食をとり、そのあと父のために新聞を買いに行った。
暫くすると母が台所に立ち、海にもって行く昼食の用意を始める。
そのあと父が全ての荷物を車のトランクに乗せ始める。
毎朝引越しの準備をしているかのようだった。
ビーチパラソル、椅子、浮き輪、ポンプ、ラケット、お面、水泳用足びれなど、他にも沢山の物を持っていった。
夕方自宅に戻ってくると、それら全てを車のトランクの中に入れ放しにすることはできなかった。
そんなことをしたら、翌朝トランクの物全てが盗まれていたから。
それで、朝になると決まって“引越し”の準備が始まったものだ。
私の役目といえば、新聞を買いに行くことと、飲み物の用意をすることだった。
蛇口つきの水筒3つを用意し、ひとつにはアイスティーを半分くらいいれ、あとの二つには水とメンソールシロップをやはり半分くらい入れ、最後に氷を加えた。
この飲み物は海では大好評でいつも褒められたものです。
あれから大分経った今でも、母の友達は私が用意した飲み物をよく覚えてくれていて、うちに遊びに来る度にこの飲み物をリクエストする。
こうして懐かしい飲み物で口を潤わせながら、昔話をする。
(つづき)
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
漸く海に着いた。
炎天下の中、車を駐車場に停める。
ここでトランクに積んである荷物を全て降ろさなければならない。
これからが大変なのだ。
南イタリアの無料ビーチは自動車道よりも低い位置にある。
ここから海まで行くには、木の生い茂った林を歩いて降りていかなければならない。
父は私にこの道を歩くコツを何度も教えてくれたが、私にはそれがよく呑み込めず、荷物を運ぶのに一生懸命でサンダルが脱げてしまったり転んだりしながら、漸くたどり着くのが常だった。
そんな私を見て家族が大爆笑する。
やっとビーチにたどり着いた。
ここでビーチパラソルを立てるために、砂浜に穴を掘るのは父の役目。
一度だけ弟がこれをやりたいと言ったことがある。
しかし強い風がピューと吹いた途端にパラソルが飛んで行ってしまった。
こんなことが起きると周りにいる人達が一斉に立ち上がり全速力で走りながら助けに来てくれる。
女の子に限っては、呆然とその状況を眺めているが、あまりに愉快なことに笑い転げて見ている。
パラソルを立て椅子とテーブルを開く。
冷たい飲み物を入れた水筒を涼しいところに置くと、早速海に向かう。
海に入るタイミングを見つけるのは簡単だが、出るタイミングは難しい。
あれこれと色々な遊びをするので、とても3時間では足りない。
子供の間で一番人気がある遊びは、誰かが浮き輪の上に立って、その周りを他の子が囲み、浮き輪に立っている子が轟くような叫び声で一曲歌を歌うことだった。
大抵はアルベルト・ソルディとモニカ・ヴィッティが映画の中で歌っている曲が選ばれる。
間奏曲を歌い終わるまでバランスを崩さずに浮き輪の上に立っていられた人が勝つ。
優勝者には拍手喝さいが贈られる。
隣のビーチで遊んでいる子供達も一緒に遊びことも多かった。
皆さんは、こんな下らない遊びは子供しかしないだろうと思われかもしれませんが、実は大人も一緒になって混ざってくることもありました。
今のようにビデオカメラがある時代ではないので、それを証明できないのが残念です。
当時子供と一緒になって遊んだ大人たちは、皆口をそろえて“そんな遊びには参加していない”と言い張っていますが。
。
。
もうひとつ人気がある曲は、“海へ行こう”。
この歌は日焼けをしていない人達にささげられてつくられたもの。
イタリアで多分この曲を知らない人はいない程有名な歌だ。
日焼けをこよなく愛するイタリア人が、真っ白な肌の人に対して皮肉った歌だ。
お昼の時間になると、皆砂浜に戻る。
急いで水着の上に何か羽織り、テーブルを囲んでピクニック。
ペンネのグラタンは私の大好物。
友達のお母さんの得意料理は茄子入りライスコロッケで、これは母の得意料理の子牛のカツレツに引けを取らないほどの美味しい。
食べ残すなんて言語道断。
そんなことをしたら、“私が頑張って作ったのに、それをあなたたちは。
。
。
”と母の嘆き節が始まる。
食事の最後は、冷水につけてよく冷やしたスイカを食べるのが常だった。
食べたものが消化するには3時間はかかるという母親達の持論で、昼食の後の3時間は水に入るのを禁じられた。
それでこの3時間をどう使うかが問題だった。
男の子達は喫茶店でビリヤードをして遊しみ、大人の女性を含む私達女性群は、太陽の下でひたすらおしゃべりや噂話に花を咲かせた。
隣のビーチパラソルで寝そべっているお尻の大きなお姉さん、波打ち際にいるお尻の引き締まった美女、恐ろしいほど時代遅れの水着を着たおばさんたちが皆集まって、ひたすらおしゃべりを続けた。
夕方になると夕焼けがとても綺麗だった。
ビーチから引き揚げるのは、私達がいつも最後だった。
帰りは再び木の生い茂った道を、今度は登りを歩くが、車までたどり着く頃にはもうヘトヘトだったで。
車の前まで行った途端に、母から足をよく洗うようにと何度も注意された。
これで一日が終わってしまったかと思うと寂しくなったが、その何時間後には再び海で皆んなと再会していた。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
毎年5月のメーデーの前後に、ウンブリア州にあるカスティリオーネ デル ラゴ市ではトラジメーノ国際交流凧揚げ大会、気球大会が開催されます。
大会はトラジメーノ湖沿いの空港跡地公園で行われます。
この公園は第一次および第二次世界大戦時に、イタリアで最も大きな軍事空港として使われていた場所で、イタリアで最古の空軍学校があった場所です。
130ヘクタールもの敷地は、トラジメーノ湖から目と鼻の先で、カスティリオーネ デル ラゴ市の旧市街のすぐ近くに位置しています。
この国際凧揚げ大会は、凧の伝統文化と継承を目指して1984年から行われていて、現在に至ります。
大会では色鮮やかな大凧、小凧、気球が大空一杯に舞い上がります。
また期間中、トラジメーノ湖周辺でとれる地元生産物をその場で味見していただくためのブースも開設します。
会場内は徒歩で回れますが、乗馬体験を楽しむ施設や、マウンテンバイクで回ることもできます。
イタリアのベストシーズンと言われるこの時期にイタリア旅行をされる予定のある方は、のんびりと自然満喫しながら凧揚げができるこの大会に是非お越し下さい。
真っ青な空の中に舞い上がる凧は、自由、平和、歓喜、無邪気のシンボルともいえます。
様々な形、色とりどりの凧が空を舞うのを見て楽しむのは、子供だけではありません。
昔から人は、空を鳥のように翼を広げて飛ぶにはどうしたらいいのか研究を重ねてきました。
大空の中を羽ばたく凧は、空を飛びたい願う私たちの夢を叶えてくれているともいえます。
凧の起源は紀元前400年の頃、中国の魯班が凧を作ったことから始まると言われています。
その後、作家カーレド・ホッセイニは『凧を追いかけて』(映画の邦題は『君のためなら千回でも』)という作品で、戦争が漸く終わった後のカブールの町に凧が舞うシーンを描きます。
空に舞う一枚の凧は、正に平和の象徴と言えるのではないでしょうか?
1984年に初代および現会長ルイジーノ ブルコ氏を先頭に発足したトラジメーノ凧揚げ会は、2007年になってから協会としての認可を受け、現在会員は20名程います。
このイベントはカスティリオーネ デル ラーゴ市の行財政局によって運営されているイベントのひとつです。
イベントの期間中、沢山の凧が空高く舞いあがるだけでなく、無線で操縦された中気球、小気球も空に飛ばされます。
凧揚げを体験してみたい方、空高く舞い上がる凧や気球を見学してみたい方は、是非ご家族、お友達をお誘いになり、カスティリオーネ デル ラゴにお越しください。
Scritto da Luigi BURCO, Presidente dell’Assosiazione aquilonisti del Trasimeno e tradotto da Kiyomi NAKAMURA con foto di Walter
作:トラジメーノ凧揚げ会会長 ルイジ ブルコ 訳 中村喜代美 写真 ワルテル
旅行記
しょ、しょ、食事の量を減らせですって!!! それは無理な話し。
母や弟に加え、最近では私の彼も私にダイエットをしろという。
そんな時は決まって馬鹿げたことは言わないでと言い返す。
私は太っているのではなく、ぽっちゃりしているのだ。
木にだって小さいものから大きいもの、スリムなものからぽっちゃりしたものまである。
がっしりした松の木を細っそりした白樺の木に変身させようなんて誰が考えますか?
私の弟は、恋の病が効をなし突然痩せた。
母の場合は、持病である骨炎が悪化したためダイエットをせざる負えない状況になり痩せた。
それで今度は私を痩せさせようとしている。
しかし、私は食べることが何よりも好きで、特にプリモピアットが大好きなのだから、痩せるのは難しい。
最近イタリアでは、著名なアメリカ人ダイエット研究家が書いた本が飛ぶように売れている。
本によるとお昼はチーズ30gとりんごを半分しか食べられない。
はっきり言って、りんご1個も食べられない人生ならおさらばした方がましだ。
著者は頭がおかしいに違いないに決まっている。
多分彼はイタリアを訪れたことがないに違いない。
イタリアには、4種類のチーズソースのパスタ、ピリ辛トマトソースのペンネ、カルボナーラスパゲティ、パスタのオーブン焼き、茄子の肉詰め、ポテトグラタン、魚介のリゾットなど数えたら切りがない程美味しいもので溢れているのに、それを食べないなんて有り得ない。
確かにホットドックやハンバーガーの国アメリカだったら、ダイエットをするのも簡単だろう。
しかし私は正真正銘イタリア生まれイタリア育ちのイタリア人なのだ。
とはいえ去年まで穿いていたジーンズはきついし、お気に入りのブラウスはボタンが弾け飛びそうなので付け直した。
しかし生れてから一度もモデル体型になったことがない私が、いまさらモデルのナオミキャンベル体型になれるわけがない。
周りの人は私の内面がいかに美しいかを忘れている。
ファッションモデルのナオミは実在の人物であっても、彼女のように美しくなれるなんて未だかつて思ったことはない。
美容整形外科で手術を受けたところで無理な話しだ。
それより痩せよう思うが余り、神経疾患や拒食症にならないだけましだ。
小さいときから毎週日曜日はおばあちゃんの家に招かれ、パスタのオーブン焼きを食べる幸運に恵まれた私が、今更痩せなきゃならないなんて、更にその為に食事の量を減らさなければならないなんてあり得ない。
大体私は、一度食事の席についたら、大盛りのパスタをお腹一杯食べるまでは絶対に動かないのだ。
皆んな、それをよく覚えておいてほしい。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
最近の若いイタリア人女性はレッテリーネ、ヴェリーネと呼ばれるショーガールになりたがる子が多い。
どういう職業の人達かというと、夕方位からはじまるクイズ番組やお笑い番組に登場し、肌を露出した衣装を着てメインゲストや司会者の横に立ち、笑顔を振り撒いたり、テーブルの上でセクシーダンスをする人達である。
ハンカチくらいの大きさの布でつくった衣装を身に付けたこのヴェリーネ達は、最近では若い女性から美の象徴と注目され、流行の最先端をいく女性として持て囃されている。
この子達は、若い男性に限らず、若い女性、年配の女性の間でもかなり人気がある。
この子達はテレビの公開番組で選考される。
ミスイタリアの選考会に似ていて、美しさのほかに歌や踊りの評価も加わるが、歌に関していえば風呂の中で歌う“鼻歌”のレベルだし、踊りは“ディスコダンス”程度のものだ。
視聴者は何が楽しくてこういう番組を観るのだろうか?これ以上短くならない程短いスカートをはき、テレビカメラが向けられるや否や、満面に笑顔を浮かべウィンクをする女の子達を見て何が楽しいのか?
私はといえば、こんな女の子達を見るたびに胃がムカムカするので、胃薬を一錠飲まなければならない。
こういう子達のほとんどは、有名な舞台芸術家の名前すら知らない。
できることといえば、ウィンクし、お尻を振りながら踊ることぐらいだ。
声だって全く響かないし、演技も踊りもズブの素人同然なのに。
しかしながら、私の彼はこの女の子達の動きを細部に到るまで注目し、テレビに釘付けになる。
よって私は二錠目の胃薬を飲む。
私は週に一度胃薬を2箱買う。
薬局の売り上げを伸ばそうと躍起になっている薬剤師は、私の来訪を今か今かと待っている。
生計を立てるのも楽ではない。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
アウトレット村がこんなに楽しいなんて思わなかった。
新聞や雑誌でよく取り上げられているので知るには知っていたけれど。
でも定収入がない私にとっては、いくら定価よりも大分安いといっても、グッチ、アルマーニ、カルビン・クライン、プラダの洋服なんてとても手が届かない。
ある日女友達の一人からローマのアウトレット村に行こうと誘われたときも、見るだけで買わないなら行っても仕方ないと言って断った。
そのときから私の中でアウトレット村は封印されていた。
それから暫くしたある日、女友達とテーブルを囲みながらおしゃべりの花を咲かせていると、アウトレット村のことが話題になった。
アウトレット村には超有名ブランド物の服だけでなく普通の人でも手が届くようなメーカーの洋服もあるということが分かった。
目からうろこが落ちるほど驚いた。
その途端、目の前にはINVERNOのショッキングブルーのブラウスや、シャネル風のピンク色のスーツ、背中があいた金色のセーターと同色のパンタロンなどが目にちらついてきた。
アウトレット村の中でも私のお気に入りはAREZZOの近くにあるヴァルディキアーナ。
ひとつ問題なのは電車やバスを乗り継いでは行けないこと。
車を持っていない人はどうしたらいいのだろう。
彼に連れて行ってもらったらですって?それはそうなのですが、彼をあちこちの店に連れまわし、最低3時間のショッピングにつき合わせるのは大仕事なのです。
女性の中には彼氏に車を出してもらい自分の行きたいところに連れまわす術に長けている人がいる。
本当に羨ましいと思う。
見習いたいとは思うのだが所詮無理な話しなのです。
アウトレット村の話を聞いた日から毎日、彼をどう説得するかについて考えに考えを巡らせた挙句思いついたのが、私と同じ名前の聖人の祝日のお祝いにヴァルディキアーナ村に連れて行ってもらうこと。
結果はヒットだった。
さあ今日は彼と一緒にヴァルディキアーナ村に行く日だ。
彼はお店に入るなり、私以外の全ての女性を吟味し始める。
気に入った洋服を彼に見せても、“いいんじゃない”という曖昧な返事しか返ってこない。
お店の中に入らずに外で待っているときは、手を後ろに組み、帽子を深々とかぶり、同じく店の外で待っている男性たちと視線を合わせたり離したりしながら所在なさそうにしている。
ある男性は、試着室の前の椅子に腰掛け彼女を待ちながら寝入っていた。
何と大胆なこと!
彼と付き合うようになってから、ショッピング中彼の顔を見ないようにする術を覚えた。
退屈そうにしている彼を見ていられない。
ある日を境に、彼が満面の笑みを浮かべながら私のショッピングに快く付き合ってくれれば良いと思うが、そんなことはおとぎ話の中の王子様しかやってくれないことを知っている。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人の記事より抜粋)
旅行記
今朝は7時に目が覚めた。
いつものように朝食をとり、誰が最初にトイレを使うかで揉める。
その後髪を整え化粧をする。
普段と全く変わりない一日の幕開けである。
ただ空模様がどんよりとしているので、気分は爽快とはいえない。
はっきり言って憂鬱な気分である。
この気分を一掃するようなことがない限り、今日は一日中ベッドに寝転がっていたい気分だ。
そうこうしている内に、愛読しているファッション雑誌の発売日が今日であることに気づいた。
雑誌には最新モードが満載されている。
こんな気分を変えるには最適だ。
それでいつも行くキヨスクに向かった。
ここを選ぶ理由は、たくさんの雑誌の中からどれを買おうか迷っている私に、お店の人は嫌な顔を一つせず放っておいてくれるから。
私の横では年配の女性が愛読書であるゴシップ雑誌がみつからないと嘆き始めた。
お店の人が裏から雑誌を持ってくるまで大騒ぎしていた。
3時間前にキヨスクに並んだこの雑誌はあっという間に売り切れてしまったようだ。
念願の雑誌を手にしてホッとした婦人は、気のせいかうっすらと顔が赤くなったような気がする。
雑誌を手にした途端に、周りにいる人に何故これを買いたかったのか説明をし始めた。
何でも何ヶ月も前からある俳優と女優とのゴシップを追っているそうだ。
私を見て、この二人の愛は本物と思うか聞いてきた。
私がその俳優も女優も知らないというと、二人のプロフィール、テレビが伝えている二人の愛の遍歴を事細かに説明してくれた。
何でも二人はここ3ヶ月の間、何回となくくっついたり離れたりしているそうだ。
そんなことを10分間かけて話してくれた。
この二人の愛の物語はご近所に住んでいる年金生活者の間で関心の的だそうだ。
私にしてみれば、二人の話よりも彼女の話し振りを見ているほうが愉快だった。
最後に婦人は、こんな噂話をまともに信じているわけではないけれど、でも本当の話かもしれないと思っていると言った。
話が終わると、くだらない話で時間をとらせてしまい申し訳なかったと言ってきた。
私はといえば、憂鬱な気分で幕開けをした日に、朝日を浴びながら楽しくおしゃべりの時間が過ごせたことに感謝したい。
早速お礼を言い、来週同じ場所で同じ時間に会う約束をした。
目的のファッション雑誌は買うには買ったけれど、その日はページをめくる必要がなかった。
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人達の記事より抜粋)
旅行記
チャオ!
はじめまして、100%イタリア人のソニアです。
北イタリアで生まれ、南イタリアで育ち、中部イタリアで勉強と仕事をしています。
私の生活はごく普通のもので、映画やドラマに出てくる登場人物に起こるような衝撃的な出来事は全くありません。
仕事、勉強、家の中の片付け、それが私の日課です。
私の生活がこんなに平凡になったのは、ごく平凡なイタリア人の彼ができてからです。
彼と知り合う前の私はとても活発な人間で、勉強、外出、ディスコ、女友達とのおしゃべりと、どれも欠かすことなく寝る時間も惜しんで動き回っていました。
私の人生にとって大切なものは女友達で、彼女達の存在は恋人の存在よりも大切です。
しかし年を経るにつれて、このまま行くとオールドミスになるのではないかという恐怖から、いつしか私の生活は恋人と過ごす時間のほうが長くなっていったのです。
私の趣味は創造的作業です。
昔の洋服に手を加えたり、雑誌の付録を集めたり、古くなった本の製本をしたり、オリジナルのアクセサリーをつくったり、日本語を勉強するのが大好きです。
この紙面を通して私の生活を皆さんに紹介することで、イタリアと日本の距離が少しでも近くなれたら、そして、イタリア好きの皆さんにもっともっとイタリアを好きになってもらえたらと思っています。
それでは又、チャオ!
ソニア(執筆:ソニア、翻訳:喜代美)
旅行記
今日は土曜日、いざ美容院へ! 今日は美容院に行く大切な日なのだ。
先週の水曜日、しばらく会っていなかったヴェロニカに偶然あった。
ちょっと太ったんじゃないかという印象をもった。
それは最近ヘアースタイルを変えたせいでもある。
それにしてもよく似合っている。
早速どこの美容室に通っているのか聞いてみた。
ちなみにイタリア人女性の間では美容室の話題は頻繁に取り上げられる。
何故ってイタリア人女性にとってはヘアースタイルは関心事のひとつだからだ。
そんなこと大した問題じゃないと一笑する人がいるかもしれないが、それでも私達にとっては本当に大事な問題なんです。
朝起きて髪を整える。
そのときへヤースタイルが気に入らなかったときほど、悲劇な日の幕開けとなることはない。
一日中憂鬱な気分のまま過ごさなければならないからだ。
今日は正にその日だった。
例えば悲劇な日が木曜日だったら多少諦めもつく。
だけどそれが土曜日だったら一大事だ。
大抵の美容院が日曜日と月曜日は定休日なので、その日から3日間、ずっと憂鬱な気分のまま過ごさなければならないからだ。
それは本当に耐えがたい。
まあそんなこんなで、今私はフランチェスカ美容院のドアの前に立っている。
待ち時間一時間。
まあそんなものかな。
でも皆があっと驚くほど美しくなってみせるぞ!ヘアー雑誌だってあるし、ゴシップ記事が載っている女性週刊誌だってあるから退屈はしない。
そんなときは大抵偶然美容院に集まった人達と、雑誌の話題におしゃべりの花を咲かせる。
よく考えてみれば、私もヴェロニカも最近太りぎみである。
だけど最新流行の洋服が着らえるような体型になるために痩せるつもりはない。
ひとつ問題があるとすれば、私のお気に入りのショップに並べてある服が最近軒並みに中国製になっていること。
アジア人とイタリア人の体型の違いを考えずに製造していると思われる洋服は、どんなに頑張っても入らない。
これは私にとってヘアースタイルが決まらないことと同じぐらい一大事だ。
そんなことをぼんやりと考えていると、隣に座っているお姉さんがイーバイで買った最新流行のTシャツとナイキの靴を皆に披露し始めた。
何と市価の三分の一の値段だそうだ。
そんな話しに耳を傾けている私を、隣に座っている御婦人が何気に見ている。
そして“あなた、もう少し太ったらもっとキュートになるわよ”などと言って声を掛けてきた。
更に、“男はふっくらとした女性にコロッといくものよ。
骨っぽい女性はカレンダー用の写真や観賞には値するけど、腕の中にギュッと包み込むのは、やはりぽっちゃりした女性に限るわよ。
骨っぽい女の体に腕を回したって痛いだけでしょう!”と仰る。
そうだ!確かにそうだ!そういえば、最近読んだ雑誌にも同じようなことが書いてあったっけ。
ファッション雑誌を飾っているスリムなモデル達に気を取られ、最近弱気になっていたが、実はぽっちゃりしている方が可愛いということを忘れていた。
そうこうするうちにやっと順番が回ってきた。
担当の美容師フランチェスカは、次から次へと惜しげもなく私の髪を切っていく。
その内にだんだん不安になってくる。
そういえばどんな髪型にしますかなんて聞かれていない。
私を見た瞬間、“私を信じて任せなさい”と言ったきり黙々と仕事を続けている。
でもよくよく考えてみれば、私がここに来るのは初めてなのだ!
結果はアッと驚くほどのものだった。
なんとこの私が大変身したのだ。
鏡に映っている私は、太り気味ということさえ差し引けば、雑誌のモデル並みにうっとりする程美しい。
それは久しぶりに会ったときのヴェロニカの印象と似ている。
この日は、人に会う度にこれ以上の褒め言葉はないという位の絶賛の言葉を浴びた。
そうなるとツイツイ一人でニンマリしてしまう。
沢山のお世辞の言葉に恥ずかしくなるやら嬉しいやらで、女心とは不思議なものである。
そういえば今晩は彼とのデートの約束がある。
まあ私の彼は髪型が変わったことなんて気づかないのは分かっているけど、それでも美しくなった私に乾杯!
作:ソニア 訳:喜代美(BUONO ITALIAに投稿した本人達の記事より抜粋)
旅行記
イタリアの国旗は緑、白、赤の三色からなるトリコローレと呼ばれています。
トリコローレはイタリア語で三色を意味します。
この三色旗は1796年チスパダーナ共和国(モデナ、レッジョエミリア、フェラーラ、ボローニャの各都市の連邦共和国)の国旗としてナポレオンが採用したもので、19世紀のイタリア統一運動のシンボルともなり、1947年イタリア共和国憲法に導入されました。
緑は国土に広がる草地、白は絶え間なく振る雪、赤は数々の苦しみの戦争で亡くなった戦士の血と彼らに対する敬意を表わしています。
イタリアの街中を歩いていると、この三色を使ったディスプレイやおみやげをよく見かけます。
例えばフィレンツェの大聖堂もトスカーナ産の3色の大理石である緑、白、ピンクを使ってつくられています。
プラート産の緑の大理石は自由、カラーラ産の白大理石は平等、マレンマ産のピンクの大理石は友愛を意味しています。
旅行記
ペルージャの中心街にあるオベルデン通りには、その昔サンタ マリア ミゼリコルディア教会と同名の病院がありました。
1303年に建てられた病院跡にはDMという文字が刻まれているので、容易に場所が分かります。
この文字は“病人を収容して治療させるための神の慈悲を受けた家”の目印です。
病人の治療活動と私生児の援助活動に勤めていた病院は、ミゼリコルディア会によって運営されていました。
現在は芸術特別展のために使われています。
建物の壁がんには、ペルージャで1475年に生まれた詩人、建築家、更に画家ペルジーノの弟子であったジョバン バッティスタ カポラーリによって16世紀に描かれた“慈悲のマリア様”のフレスコ画が、最近修復を終え元の姿を現しました。
“慈悲のマリア様”をテーマにした絵は、昔から多くの画家によって書かれました。
中でも1400年代にピエロ デラ フランチェスカによって描かれた絵は有名です。
通常この絵には、マントをまとった聖母マリア様が大きく手を広げて立っていて、マントの下には慈愛を受け守られている信者たちがマリア様に跪いています。
1303年、オベルデン通りに建てられたサンタ マリア ミゼリコルディア病院は、1923年までは病院として使われ、ペルージャでは重要な役割を果たしていました。
この建物はエトルスク人がつくった城壁跡まで繋がっていました。
(TIFOGRIFO投稿の本人の記事より抜粋)
旅行記
ワインの楽しみ方には色々な方法がありますが、一般的にワインは視覚、嗅覚、味覚を通して楽しみます。
イタリアご旅行中にワイン蔵を訪問したり、イタリアのレストランでボトルワインを注文すると、思いがけずにワインを試飲することになります。
そんなとき慌てない為に、今回はワインの試飲法を簡単に説明します。
1)目で楽しむワイン
1 ワイングラスを目の高さに持っていき、太陽光の下で、色の清澄度を確かめます。
2 そしてグラスを目の高さから少し下におろし45度に傾けます。
目をグラスの口よりも高い位置に持っていき、グラスの口から直接ワインの色を確かめ、その後グラスの底にたまっているワインを見ながら色調を観察し、最後にグラスの側面に僅かにたまっているワインを見ながら色の濃淡を確認します
3 グラスを再び目の高さに持っていき、軽く一回転させ、グラスの内壁を伝わって落ちるしずくを見ます。
このしずくが形成するアーチの形をワインの脚、涙、カーテンという呼び方をします。
この連続するアーチの形をみて、ワインの流動性を判断します。
2)鼻で楽しむワイン
ワインの香りを観察する場合、グラスを持った手をなるべく鼻から遠ざけることが大切です。
これは手に付着している臭いが、ワインの香りに影響を及ぼすのを避ける為です。
1 グラスを鼻に近づけ、勢いよく香りを嗅ぎます。
その後グラスを鼻から遠ざけ、少ししたら同じ動作を繰り返します。
2 グラスの脚を持って、時計と反対方向にゆっくりと小円を描くように数回回します。
ワインから立ち上がってくる香りを嗅ぎながら、香りの強弱、アロマ、持続性を確かめます。
3)舌で楽しむワイン
鼻で楽しむワインと同じ持ち方でグラスを持ちます。
1 グラスを口に近づけワインを少量口に含みます。
この動作は口腔を洗浄しワインの味を正確に判断するための動作です。
2 再び少量のワインを口に含みます。
口先にワインを含み、息を吸い込みながら歯間を通して口の内側にワインを移します。
これによって、ワインの成分の一部が揮発されます。
その後、ゆっくりとワインを口の中に広げ味を観察します。
3 口に含んだワインを舌で口蓋に軽く押しつけた後、息を吸い込み、舌全体にワインが行き渡らせます。
これによって、ワインに含まれる糖質、アルコール、酸味、タンニンを吟味し、更にこれら全てのバランスが良いかどうかを観察します。
4 .喉をワインで潤したあと、口の中を軽く噛みます。
これよって、ワインの風味に持続性があるかどうかを確かめます。
初めてワインを試飲されるときは緊張されるかもしれませんが、決して難しいことではないですし、大切なのはワインを楽しむことです。
また百聞は一見にしかずですので、是非試飲に挑戦してみてください。
旅行記
今日はご近所のシ二ョーラからお昼に呼ばれました。
何でも自家製二ョッキをご馳走してくれるとか。
イタリアでは、この様に食事に呼んだり呼ばれたりすることが多いんです。
作り方はとても簡単。
ジャガイモを軟らかくなるまで茹で、湯切りした後、漉します。
そこに小麦粉、塩、少量のオリーブオイルを混ぜて軽く捏ね、耳たぶぐらいの硬さになったら生地の出来上がり。
あとは生地を棒状にして包丁で切るだけ。
ジャガイモが水っぽいときは卵を足すこともあります。
また二ョッキにおソースが良く絡むように、フォークをつかって表面に筋を入れる人もいます。
私が初めて自家製二ョッキに挑戦したのは、今から5年位前のことです。
お隣のシ二ョーラ*が、日本から母が遊びに来たというのを聞きつけて、一緒に二ョッキを作ろうと誘ってくれたのです。
できあがった二ョッキがあまりに美味しくて、それ以来スーパーで売っている二ョッキが食べられなくなった程です。
それから暫くしたある日、一人で二ョッキ作りに挑戦してみることにしました。
しかし、最後に二ョッキをお湯に入れたら、一気に形が崩れ、さくらんぼう大の大きさだったのが、巨大なすいとんの塊のようになってしまい、思わず泣き顔で隣の家のドアを叩いたのを覚えています。
その時シ二ョーラに、台所に50年立つ主婦でさえお料理に失敗することがあるのだから気にすることないのよと慰められたのを覚えています。
それから何日かしたお昼ごろ、隣のシ二ョーラからお昼に呼ばれました。
そこで“今日の二ョッキは巨大な塊になってしまったわ。
これは水気の多いジャガイモを使ったせいよ。
でも美味しいことには変わりないから一緒に食べましょう”と満面の笑顔で失敗作を披露してくれました。
それ以来私は二ョッキ作りには、水気の少ないウンブリア州のコルフィオリート産の赤ジャガイモを使うことにしています。
*シ二ョーラはイタリアの既婚婦人を指すほか、その敬称として用いられます。
旅行記
あと2ヶ月余りで、オリーブの実の収穫が始まります。
収穫は日が出ている時間しかできませんので、朝食をとったらすぐにオリーブ農園へ向かい、日がかげる前までオリーブの実を摘む作業に励みます。
この時期、私の友人が利用しているウンブリア州にある搾油所は24時間フル回転です。
しかも搾油日の予約は何ヶ月も前からしないと取れないので、この予約日を目安にオリーブ実の収穫を始めます。
作業は大体5日間で終わるようして、それでも摘み取れなかった実は放っておくしかありません。
またたとえ天候が悪くても、雨合羽を着て行います。
というのも、摘み取った実を保管しておけるのは最大5日間ぐらいで、それ以上時間が経った実で作ったエキストラバージンオイルは質が落ちたものになるからです。
収穫の方法は色々あるようですが、私達は軍手を使って手で摘みます。
最近は機械で摘むところも増えていますが、手摘みの方がオリーブの実を傷めません。
只、木の上のほうに生っている実だけは機械を使って取ります。
昔ははしごを使って手で摘んでいたようですが、怪我が多発したためやめました。
木の下に予め網を引いておき、機械で枝を揺らし実を下に落とします。
そうやって5日間かけてとった実を搾油所に運ぶわけですが、その前に実の中に混ざっている枝や葉っぱなどをできる限り取り除きます。
これは必ずしもしなければならないわけではありませんが、搾油所への支払いは持っていった実の重さに比例するため、予め余分な枝などを除いておいた方が割安になるというわけです。
エキストラバージンオイルを作るには約半日かかるので、朝オリーブの実を搾油所に持っていった場合は、その日のお昼過ぎには自家製のエキストラバージンオイルが出来上がっています。
あとは家族、親戚、近所の人たちを呼んでブルスケッタを振る舞い、出来たてのオイルの味を堪能します。
出来立てのオイルは、まるでペペロンチーノを少し入れたかのようなピリッとした辛味と、大地の恵みを一身に受けて育った実から放たれる青々とした瑞々しい香りがします。
新オイルを味見するときには、必ず”出来高”が話題になります。
xxキロの量の実でxxリットルのオイルが搾れたという意味で、今年の出来高は何パーセントだったので良かったとか、いま一つだったとかいう話をするわけです。
皆さん、是非本物のエキストラバージンオイルをお試しください。
旅行記
フィレンツェのウフィツィ美術館の前は、いつも物凄い人だかりです。
しかし、この美術館の裏に植えられたオリーブの木に目を留める人は余りいません。
1993年この美術館の裏手にあるフィレンツェ農芸団体が入居しているビルの前に爆弾が仕掛けられた事件を記憶している方は少ないと思います。
当時イタリアマフィアを徹底的に取り締まっていたフィレンツェ警察に対する報復のために実行されたといわれました。
この爆弾事件によって、農芸団体の職員と同じ建物に住んでいた何人かの方がお亡くなりになりました。
また美術館の倉庫に近かったことから、多くの芸術作品が被害にあい、中には修復不可能になった作品もありました。
幸いなことに美術館に展示されていた有名な作品は被害に遭わずにすみました。
このオリーブの木は2004年5月に、ランベルティ農芸団体とフィレンツェ農芸学会の協力によって、不条理に亡くなった人たちとこの悲惨な事件を人々の記憶から忘れ去らないために植えられました。
どんな天候にも屈することなく強く生きる力をもった木、それがオリーブの木です。
旅行記
12月にウンブリアを旅行される方がいたら、ペルージャのカルトラリ通りからペーザ門までの道のりを散歩してみて下さい。
道沿いのお店のショーウインドウが、色鮮やかなプレゼーピで飾られます。
近年人通りが少なくなってしまった通りに、再び人を呼び戻し、地域活気化と観光振興を計る“道おこしプロジェクト”が数年前から行われるようになりました。
また通り沿いにはペルージャ在住の職人達が店を構えているため、職人技術と職人芸、更には職人魂を多くの人の目に触れてもらいたいというのもこのプロジェクトの目的です。
歴史と文化の薫る町並みを守り、人とのふれあいやぬくもりを大切にし、訪れる人々を暖かく迎えられるよう地域活性化に努めていこうという意向が、より多くの人々に伝わることをお祈りしています。
プレゼピオはキリストの降誕の場面を人形で表現したものですが、その由来は、アッシジとイタリアの守護聖人である聖人フランチェスコの時代に遡ります。
1223年、フランチェスコは、ウンブリアのグレッチョという町で初めてプレゼピオを使って聖書の話を人々に伝えます。
当時のイタリアは文盲率が非常に高かったこと、公用語はラテン語であったため、読み書きができるのはごく僅かなエリート階級の人に限られていました。
そこでフランチェスコは、本物の人間を使ってキリスト降誕のお話を易しく一般の人々に解説しようと試みたのです。
神が救いの主としてイエス・キリストを降誕するお話は、カトリック信者にとってとても大切な場面のひとつです。
(TIFOGRIFO投稿の本人の記事より抜粋)