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2日目の朝です。
これでも8時過ぎの写真です。
マドリッドはメッチャ寒い~
9:05発の列車に乗るためアトーチャ駅へ移動します。

アトーチャ駅の長距離方面のホームは手荷物検査が
ありますのでご注意を。
一度2階に上がって検査を受け、1階にあるホームへ。
15分前に着きましたがすでに列車はホームにありました。

列車先頭の様子です。
なぜ客車列車?とこの時は思いましたが、
後でその理由がわかりました。
「鉄(テツ)」の方ならもうお分かりですね。

定時に静かに出発。
日本の様にうるさいアナウンスはありません。
いざ乗ってみると窓の景色はこの様な広大な畑か果樹園の森ばかり
その中を高速で移動します。

コルトバの駅を出発した直後、列車は支線に入ったと
思ったすぐに列車は急停車。
と思ったらこんな倉庫みたいな中に入って行きます。
何だろう?

ここでは車輪の幅を変えているんです!
スペインの国鉄では日本と同じで新幹線と普通の路線では
線路の幅が異なります。
スペイン国鉄の偉い所は、特急列車を支線に入るぎりぎり
まで新幹線の線路を走らせて、支線に入った時にこの様な
施設に列車毎入れて、特殊な機械で車両の車輪幅を変えて
しまいます。
この様な列車を「フリーゲージトレイン」と言います。
日本でも今研究中で、新幹線を四国や長崎へ走らせる計画
の中にこの列車を用い様としています。

支線に入ると少しスピードダウン。
が景色が変わりました。
山の中の支線の為これまでと違い
荒涼な所もあれば、果樹園の中
いろんな所を走っていきます。

4時間半かかり、13:30グラナダ駅着。
そこからタクシーで移動して2日間泊まる
「MACIA PLAZA」へ。
ヌエバ広場前の良いロケーションでした。

取り敢えず部屋の中の様子です。
広場側ではなく内側に面してまったく
日当たりはありませんが、きれいな部屋で
GOOD★

ホテルでちょっと休憩してから
街歩き開始!
お昼を取りましたが、イマイチだったので
載せません・・・
ヌエバ広場前です。

アルハンブラバスでアルバイシン地区へ登り、
途中適当な所で降りて適当に歩いてみました。

すると、ちょっとした広場に出た時に
見た事のある景色が・・・
良くガイドブックに出ている所でした。
アルハンブラ宮殿が正面に見えました。
明日の夜にもう一度行きます。

その広場の様子です。
みんなアルハンブラ宮殿を撮っていました。

広場の脇道を降りて行きます。
アルバイシン地区はみんな白い漆喰の壁。
歩いていてワクワクします!!


2月4日
早朝の福岡空港です。
マドリッドまでは
福岡→成田→ヘルシンキ→マドリッド
となります。
田舎だと余分に1回余分に増えますね・・・

約10時間かけてヘルシンキへ到着。
気温はマイナス20度!!
経験した事のない寒さです。

マドリッド行きの便です。
まさか外から乗り込むとは・・・
移動のバスの中も寒いし、
一旦外へ出ると体を切るような寒さ・・・
これがマイナス20度・・・

外の雪が積もっています。
でも表面がカチンコチンに凍ってます。

現地20:40分マドリッド空港着。
地下鉄を2回乗り換えてホテルへ。
マドリッドではこのPUERTA DE TOLEDOに。
グラナダから帰ってきても同じホテルに泊まります。
おなかが空いていたんですが、とにかく疲れたので
今日はそのまま就寝です。


とにかく、そのドイツ人の家なのか、店なのか、始まったエル・ブジ。 と平行に、それにかかわった人達の写真や、資格の証明書など

アドリア氏、かなり若い時。彼もサッカーの選手になりたかったと記憶しているが。思ったより、背の低い人だ

展示には、先ず、そのドイツ人のご夫婦のパスポートから、カラモンジョイの入江近郊、当時の写真などがいっぱい展示。 読んでる暇はない

レストランの玄関にあった犬。 本物と変わりない。 ここでも、展示されていたが、暗くて手ぶれ。ここには載せない

元々ドイツ人のご夫婦が、ここに家を持つことから始まった。 で、有名な犬とともに

これは料理手帳か、アイデア手帳か。これほど書きすぎると、どこに、何を書いたか、まず、それさえ忘れることも

エル・ブリ(ブジ)のレストランは、ここカタルニア、ジローナの近くにあるが、車がないと、ちょっと行くには不便な所

このレストランから輩出された有名シェフも多い。"ネイチェル"のおやっさんは元々いたし、"Comerc24" も、そうだし、私の友達の19歳の少年も。
ただし、まだ彼は無名だが。
だがしかし、彼らは、物まではなく、それに各自の個性をプラスし、自分のスタイルを確立して成功してる人達だ

名前はアドリア氏になっているが、顔が、どうも共同経営者に似てるのだが(名前を忘れてしまった)

その昔、予約を入れたが、”1年以上の予約がはいっていて、とれない状況”と。 なので、同じミッシェランでも、BCNでは”Neichel" 、サン・セバスチャンでは”Arzak"で食事をすることした

もともと、新しいスペイン料理を提唱したのはサン・セバスチャンのアルサックのおやっさん、ファン・マリ・アルサック氏。
料理というものを“芸術”というものに引き上げてくれた。このおっちゃんの料理もおいしかったが、もう、そろそろ彼の娘さんの時代かも?

とにかくいつも話題の多い、エル・ブリ、というかアドリア氏。私にとっては、ガウデイに似ている人だと思う。
これも、”トレンカディス”(破砕タイルをはったごとく)を意識した一皿か

従来のガスパチョのイメージを替えた。ロブスターのガスパチョ。べビィ トマトをに詰め物がしてある
このエル・ブリは美味しいのか、美味しくないのか? それより、なに?これ、とか、いままでのスペイン料理のイメージを全く変えてしまった。
京都のミッシェランの星のつく料亭の調理人、数十名がこのレストランに。だ~れも、美味しいとは言わなかったらしい。人それぞれだし

ガウディの建築にケチをつけた人も多い、皮肉ったイラストもでた。同じく、アドリア氏も、調理人より、科学者になるほうがいいんじゃないか、と言う人が多かった。
実際、彼の発明で、今まで、できなかったことが可能になったものも多い
アイリッシュ・コーヒー + グリーン アスパラ + たぶんキャンディのトリュフ

これは実際のレストランのテーブル。そこに映像で、料理が運び込まれ、という仕組みで見れる

”アマ二ダ”、表記はカタラン語。 かタルニア・サラダと言うわけだ。
カタルニア特産のものが入っているのかも

写真を写真にしたので、写りは悪いが、、フイルターも付けると、暗くなるので。ちょっ見にくくて、申しわけないが

”働きすぎた”と言う理由で、一時休業。 料理研究所を作るというのも聞いている

レストラン内部の映像。 本当か、嘘か? スタッフ全員、無償で働いていると。 調理人なら当たり前だが、給仕も?

チキンカレー。どうしてもアイスクリ―ムにピスタチオと苺のソースをかけたとしか思えない

試作で作る食材。これだったら日本の ろう見本の方が絶対上手いと思うのだが

厨房。ここは広くて、明るいと聞いている。このスタッフの数。お客人は優雅に食してる間も、裏の厨房では戦場さながら、時間との戦い。
汚い言葉も多く飛び交う。 ロンドンで観ていた料理番組。 有名なゴードン・ラムゼイが出てくるが、彼の口からまず出るのは、" Fuxx"

これも料理ノート。今ならデジタルカメラで試作作って、はい、パチリ。
でも、自分でノートにするから、憶える訳だ

これは有名な一皿。 最初見た時は、”ワンタン三兄弟”と思ったが

スミソニアで買った、宇宙食。 口に放り込むとアイスクリームになる。
要は、それを進化させた食事というか、次は何で、驚かされるか、驚くかが楽しみだったに違いない

欧米人で字のきれい人にお目にかかったことは、数少ない。とにかく癖を見抜くことが一番

バラの花か、ガウディの煙突の先か? これだったら、カラメルリンゴもいけるな

私の“得る無事”では、真中に魚の骨を立てて“骨まで愛して”と名付けた

この後、一筆描きで、お皿に、線を入れるとか、チューブに入れて、円を作るとか、こういったのが流行りだした

遠心力で凍らせる機械だったか? それを溶かして、注射器にいれて、皿を飾るものだったような

これも今ではどこのレストランでもおいてると思う。シェービングクリームみたいなのが出てくる。 使う前に、よく振って、押したら、クリ―ムがでてくると言うしろものだが、実は使ったことがない

フェラン・アドリア氏も日本贔屓。 毎週、日本食のレストランに顔を出すと聞いているが

この犬も、店の前に(これではなく、実物大)何十年も立って、どれだけの客人をみてきたことか。

有名シェフ。 右端が、ファン・マリ・アルサックのおやっさん。
最近、ミッシェランをとるシェフは30代から40代前半が多いように思う

2011年3月にアドリア兄弟がBCNに”Tickets ”と言うタパスの店をだした。ここも繁盛していて、 予約をいれて、2-3か月。やっと今月後半に行くことに。 前に行った人に聞いたところ、一人80ユーロあたり。飲み物入れると、100は超えそうだ。たかがタパス、されど元エル・ブリ



ドイツからの避寒客を満載したエア・ベルリンで首都、ベルリンから直行便でマラガへ!
わたしたち夫婦は、イベリア半島へ上陸するのはこれが初めて。いよいよ念願のピレネー越えです!
ヨーロッパの気候は、二つの山脈(アルプル山脈とピレネー山脈)の北か南かでガラッと変わるそうですが、確かに、ベルリンを飛び立って以来ずっと眼下に広がっていた分厚い灰色の雲が、写真のピレネー山脈を越えた途端にさっと晴れたのです。

そして眼下に現れたスペインの大地は、ドイツに比べてものすごく乾燥して、そして何より太陽の光がさんさんと降り注いでいるという印象です。

出ました、コスタ・デル・ソル!
雲一つない青い空と青い海、やって来ました、スペイン!これはテンション上がります。
北国から来た避寒客の間から歓声が上がります。

ついに念願のスペイン上陸!地上の道を走る時が来ました。
右手に海岸線を見ながらのんびりとネルハを目指し、走ります。途中、車を停めて下りてみた海岸はこの通り!真冬の一月だとは思えない明るさ、温かさです。
わたしたちが、日中でも平気でマイナス10度とかを叩き出してしまう北ヨーロッパから来たからそう思うのかもしれませんが、コートなしでも歩ける陽気です。

車窓から見える家々は、どこもこんな感じで真っ白です。
ドイツ人夫は、高校の頃スペイン語が第二外国語で、その教科書に「スペインの家は、夏の気温上昇を抑えるためにどれも白いのだ」と書いてあったそうです。
今回の旅行を計画する時、「白い村」と言われても、どの街も白いのでは?とピンと来なかったそう。もしかして、「白い村」という言い方があるのは日本だけ??…そんなことはないと思うのですが…。
(「ネルハ・フリヒリアナ編」に続きます)


ずっと走っていた海岸線から、ちょっと寄り道でもするように丘へ続く脇道へ入ると…フリヒリアナ行きの標識があります。

フリヒリアナの街の入り口です!
海岸線から、車で10分も走っていないと思いますが、結構な急勾配を登って来ているので「山の上の街」という印象です。
この街へ至る道路も、標識も、すごく整然としていて、「観光地然」とした雰囲気を感じます…さすが「スペインで最も美しい村」!

出ました!まさにガイドブックで見た風景!
わたしたちにとっては、初めて観光するスペインの街なのでテンションダダ上がりです。

お腹が空いていたので、車を停めてすぐに目に入ったレストランに立ち寄りました。それが…「旅行中の食べ物はとりあえず食べれれば何でもいい」という方針のわたしでさえ涙が出るほどの美味しさ!特にこの鶏のレバー。ヨーロッパでこんなに美味しいものを食べるのは初めてです。

そして、この絶品レストランからの風景がこの絶景!
「こんな所に住んでいたら、どこにも旅行行かなくていいよね…。」と旦那。
こんな風景見ながら、こんな美味しい料理食べてのんびり座っていると、なんだかドイツであくせく働いているのがバカバカしく思えてきます(笑)。

心もお腹も一杯になったので、街中の小さな道を車で移動。細い道ですが、整然としているので車で走っても「狭い」という感じは特にしません。

行く前の勝手なイメージでは、「スペイン=南欧でおおらかだから街はちょっとゴミゴミ」という感じだったのですが、このフリヒリアナの街は旦那の実家があるドイツ西部のとある村よりもよっぽど整然としていて綺麗です。

ちょっと開けた「街の小広場」?的な場所に着いたので、再び車を降りて散策です。

この風景は、まさに南国!
北ヨーロッパから来た人間にしてみれば、まさに憧れの風景なんですが、この街の至る所に「売家」「空き部屋あります」の看板が…。しかもどれもヨーロッパの不動産としてはお手頃価格。
…そんなこと言われたら、ホントに移住したくなっちゃうじゃないですか~。

聞く所によれば、この街の住人の半分以上は実はドイツやイギリスから移住してきた人たちなのだとか。確かに、街を歩いていても、すれ違う人たち、みんな英語かドイツ語を話しています。スペイン語はまさかの少数派!?
ドイツでは、早期退職してこういうスペインの静かな街に家を買うのが憧れの老後の過ごし方の一つになっているようで、よく、テレビで特集番組をやっています。

眼下には、こんなのどかな風景も広がっています。
これはロバでしょうか…。

「まだまだ先の話だけど、移住、真剣に考えてみる?」と早くもその気になってしまった旦那とわたし。ホントにまだまだ先の話だけど、最初の街にして既にどっぷりハマってしまいました、スペイン(笑)。
さて、美食と絶景で思わぬ時間を喰ってしまい、時間も押してきたのでフリヒリアナを後にして、ネルハへ向かいます。
(「ネルハ編」へ続く)


フリヒリアナとネルハは本当に目と鼻の先、フリヒリアナのある丘を下ると、そこはネルハです。
ネルハの街に入ってしばらく走っていると、突然夫が車を停め、「ローマ時代の水道橋がある!」と指差したのが、これ。

この朽ち具合がたまりません(笑)。
恐らく観光名所でも何でもなく、普通にある街中の光景なのでしょうが、ローマ支配とその後のゲルマン人の侵入、そしてイスラム勢力による統治と、複雑なスペインの歴史を感じさせます。

水道橋と道路を挟んで向かい合うのがこの風景。
この辺りも、ドイツやイギリスなど、北ヨーロッパの富裕層向けのビラが何件も建っています。

ネルハの街並みは、こんな感じ。…やっぱり、白いです。
そして冬でも元気なこの南国の植物!…北ヨーロッパから来た身としては憧れです(笑)。

少し海辺に下りてみます。
この断崖絶壁の家、よく崩れ落ちないなぁと思ったのはわたしたちだけでしょうか。。
この下の浜では、地元の人たちが釣りをしていました。

よく見ると、海を見下ろすこの岩のうろは鳩の集合住宅のようになっています。
「絶景に立つ高層マンション」?贅沢な鳩たちです。

…そしてついに…
「ヨーロッパのバルコニー」に到達!
折しも壮大な夕陽を目にすることができました。
これにBGMを流すとしたら「タイタニック」のサントラしかありません。これはもう、カップルがキスするために用意された舞台みたいなものじゃないでしょうか(笑)。周りのカップル、みんなキスしてました。ここは是非、カップルにお勧めです。

…ふと見ると、そんな観光客たちを尻目に、「こんな夕陽のどこがそんなに珍しいんだか…」とでも言いたげな地元のシニョーレスたち。

スペインって、本当に猫が多いです。
それにしても、こんな絶景を毎日見ながら、こんな楽園のような気候のもと暮らしているなんて、この猫たち、絶対わたしたちよりも楽な人生送ってる気がします。

こちらは某独裁者を思わせるちょび髭猫。ドイツ人の夫は大はしゃぎ←

街を出るとき、車窓から、夕闇に沈む白い街と海の織りなす夢のような光景を楽しむことができました。
(「グラナダ編」へ続く)


今日はツーリストバスに乗ってバルセロナをササッと回ろう!
バスならきっと子供達も面白いだろう♪
と思っていたが、寒さとの戦いでした。
あれ?パリでも同じ事言ってなかったか!?
カタルーニャ広場には二階建てツーリストバスの会社が2つあり、ほとんど同じコースを通っています。
1日乗り放題 大人 23ユーロ
4歳から12歳 14ユーロ
3歳以下 無料
2日乗り放題 大人 30ユーロ
4歳から12歳 18ユーロ
朝の9時から、夜9時まで運行しています。
10分から20分間隔で来ると言う事でしたが、そ~でもなく。。。(~~;
運行事情によるんでしょうね。
(ちなみに私たちは写真とは別のバス会社の方に乗りました^^;)

朝9時15分出発で、まずは海の方から回るのですが、
さ~~~~む~~~~かあ~~~~ったああああ!!!!!
きれいな景色を、無表情で眺める日本人観光客。。。。

あ!
バスに最初に乗車する時に、イヤホンをもらいます。
各座席の横にあるのに差し込んでボタンを選択すれば、日本語のガイドが聞けます。
これは、アメリカ人のデザインした~~~~。。。。。。モニュメントで。。。。。(寒さに負けて遠い記憶の彼方に。。。。。すみませんっっ)

海沿いをようやくのぼり、町中へ!
サグラダファミリアが見えてきました!
やっぱりテンション上がるぅ~~~♪

近い♪
ここ5~6年程、一年に一度は見てますが、出来上がるスピードが年々早くなってる気がします!
でも2階建てバスの上から眺めるのは初めてだったので、迫力ありました!
子供達よ、来年は登ろうね!

美しいですね~!
完成が待ち遠しいです!
2026年完成予定だそうです。

さて、今日のメイン、
COSMOCAIXA BARCELONA(コスモカイシャ バルセロナ)
自然科学博物館です。
カタルーニャの銀行 LA CAIXA(ラ カイシャ)の事業の一環の建物だそうです。
■ CosmoCaixa Barcelona (コスモカイシャ バルセロナ )
住所:Isaac Newton, 26, Barcelona
Tel: 93 212 60 50
開館時間:10:00-20:00 休館日:月曜日・12月25日・元旦・1月6日

入場受付の所に!!
だれ!?(苦笑)
ちなみに入場料は大人3ユーロでした。
1歳の子は無料でした。
別料金のプラネタリウムがあり、入場時に予約をするのですが、この日はすでに満員。。。残念っっ(T O T)

入場したのは1階なのですが、螺旋の下り坂を地下5階までぐるぐる~ぐるぐる下ってゆきます。
この螺旋の真ん中に、5階の高さから吊るされている長~い振り子があり、ゆ~っくり揺れて、1階にある銀の棒を一枚ずつ倒しています。
大きな時の流れを感じさせられます♪

一階は広々としたスペースで、電力、水力などのコーナー、地質のコーナー、人類の進化や期間限定の恐竜のコーナーなど、わかりやすいので楽しめます!
1歳と4歳はもちろん、私たち大人にも楽しいです♪

電気のコーナー。
この日は校外学習らしい、小学生、中学生の団体が3つくらい入っていたので、賑やかでした♪

人類の進化のコーナー。
上から子供の原始人が見てたりして、面白ろびっくり(笑)

期間限定の恐竜コーナー。
骨の化石や実物大などたくさん展示されていて、すごく面白かったのですが、写真はこれだけしか撮っていませんでした(^^;)
なんでこれだけを、こんなにアップで撮ったんだろう!?(笑)

アマゾンの密林のコーナー!
ここは凄かった!!
アマゾンの密林を地中から観察出来るし、ムワア~っとしたアマゾンらしい湿気の中を散歩出来るし、なんてったって、本物の雨が降ってくるんです!!!
アマゾンの川や沼などに住む生物の様子も見られ、大きな大きなこの木にはパワーさえ感じられます!

アマゾンコーナー、感動しすぎて、これまたおかしな写真しかないんですけど。。。。。。。(~~;;

さて、地下?2階まで戻ってくると、広いお庭に出られ、レストランなどもある気持ちのいいバルコニーがあります。
ここにももちろん、遊びながら実験出来るものがありまして。。。
これはぐるぐる回すと、水が上がっていく仕掛けです。(ん~、上手く説明出来なくて申し訳ない;)
もちろんそんな原理より、我が家の男子達はグルグル、グルグル、キャ~♪と、はしゃいでおりました(^^)

お庭から見た科学館。
ものすごーく大きな建物で、内容も濃いので、プラネタリウムや体験コーナー(この日はやっていませんでした)なども入れると、ほとんど半日以上かけて楽しめます♪
ほんと、子連れにはもちろん、大人にもおススメスポットです!
ティビタボ遊園地のある山の麓で、周りの、お城のような、絵本に出てくるような素敵なお家を見るのも楽しかったです!
ツーリストバスのバス停からは、上り坂を10分弱エイコラ登ります。

帰りは下り坂で科学博物館からバス停へ。
子供達はお疲れおネムモード。
それでもお天気が良くてバスの2階に乗り、朝のカタルーニャ広場まで帰ります。
途中、アントニガウディの『カサパトリョ』を通過。

カタルーニャ広場に戻り、腹ごしらえ。
4歳児のリクエストで、バーガーキング。。。
バルセロナの食を楽しむのは、もう少し先だね~(^^)

で、午後はもう一つのルートのバスに乗り換え、子供達はお昼寝タイム(もったいない。。。)
ポルトベルで、豪華な客船を横目に、モンジュイックの丘に登ってゆくと、バルセロナ全景を見渡せます!
それはそれは絶景でした♪

1992年に行われたバルセロナオリンピックの開会式の会場だったスタジアムです。
もうこの頃には風もキツく寒くなり、子供達は爆睡モードだったので、(二階建てバスの)温かい1階へ降りました。
この後、バスはバルセロナ美術館、スペイン村、サンツ駅を通り、バルサのホーム『カンプノウスタジアム』へ。
路面電車を横に見ながら、カタルーニャ広場に帰ってきます。
勝手知ったる街でも、ガイドを聞きながら巡ると、改めて知る事が多く、勉強になりました!
ヤンチャ坊主連れでも、意外に楽しい観光になりました!

おまけ
次の日のお昼、ホテルをして出ると、サンアントニ通りでパレードが行われていました。
何のお祭りですか?と聞くと、「さあ?なんかのお祭りだね」と教えられました(笑)
なんかのパレードです。。。(^^;)


コロンブス像
今日はここから海の方へ、跳ね橋をわたり、水族館へ向かいます。

チケット売り場。
平日だったからか、あまり混んでいませんでした。
それでもお昼近くになると、幼稚園くらいの子供達の団体が来ていました。

さ、魚。。。。(~ ~;;)
魚は同じだな~。。。。。種類はかなり多いらしいです。。。

カサゴが寄って来て、長男と会話!?
人懐っこいというか、人に慣れてるのか、子供に寄ってくる魚が多かったです!

サメの種類が多かった!
いろんな国の人が『ジョーズ』のテーマを口ずさんで,
写真を撮ったり、子供やパートナーを脅かしたり。。。(^^)

実はここ、足下が動くんです!
ゆ~~~っくりと動く、『動く歩道』です。
『回転寿し』ならぬ『回転人間』です!
早く行きたい人は向かって左半分は歩いて行けます。

じ~~~っくり魚を見ながら移動出来るので、な~んかリラクゼーションな感じでした(ナンじゃソリャ!?^^)

2階へ上がると
、子供目線で魚が楽しめるゾーンにやってきました♪

カメに乗って竜宮城!?
いや、スペインの場合、どこに連れてってもらえるんだろう!?(笑)

ほら!見てみて奥さん!
オムツ交換台よ~!!!!!
でも、すっごく高い!!!
160cmの私が胸の位置でオムツ交換。
やりやすいんだか、やりにくいんだか!?(笑;)
でもありがたいです!!!

2階の広いエリア。
水槽をくぐったり、くじらの実物大があったり、楽しいです♪

3階から見下ろした、エイの水槽。
この水槽、下からもくぐって見られます。

3階はバルコニーに出られます。
バルセロナオリンピックのメイン会場があるモンジュイックの丘をのぞむ。

こんなのも、いました。
幼稚園くらいの団体が来て、おやつかお弁当の時間を過ごしていました。

中に戻って、イグアナさん。
この方も子供好きなのか、長男と会話してました!
いや、威嚇されてたのかも!?

中もなかなか本格的で、パパと子供達はしばらく出てきませんでした(笑)
入り口で記念写真を撮って、出口で売ってくれたりもしています。
お土産屋さんは写真撮れませんでしたが、なかなか面白い色使いのお土産が売っていました。
子供達には楽しいひとときでした。
2時間くらいでまわれます。


出発は成田から。ファーストクラス利用者のチェックインはこのZカウンターから。ゆったりチェックイン手続き。ここはヘタするとGHさんの体重が分かってしまう(笑)ここから専用も保安検査場に並ぶことなく行けます。

成田のラウンジ巡り①
ユナイテッド航空のユナイテッドファーストラウンジ。
ファーストの方は、ホッとミールもたくさんあり、シャンパンなんかもありました。個人的に、海老蒸し餃子や小籠包が好きなんでここは好きかも。利用者も少なくてここは落ち着ける場所でした。

成田のラウンジ巡り②
場所を変えてANAスイートラウンジ。
ここは初めての利用。
UAのラウンジと違って、座る場所を探すのも大変なくらい人がたくさんいた(笑)

ANAラウンジにはない丼物があるみたいですが、ファーストクラスの食事が控えているのでいつものうどんでガマン。

運命の分かれ道は左側へ!
ファーストクラス利用者が搭乗し終わったらこのボーディングブリッジは閉められてました。

離陸後ヘッドフォンが配られました。
SONYのノイズキャンセリング機能付き。
これ欲し~。

では、空のレストラン開店です。
まずは、アミューズとシャンパンから。

キャビアにトラディショナルなガーニッシュを添えて
普段食べる機会がないので、食べるのに苦労(笑)

牡蠣のムースを詰めた真鯛のマリネ フリヴォリテ仕立て 佐賀産のりのソース

フォアグラのムース 紋別産フロマージュブランと長崎産温州みかんのソース パルフェ仕立て

サラダは少な目にお願い。いちごのドレッシングがかかってます。

食後は隣の座席をベッドにしてもらって休みます。
しっかり眠れましたわ。

目が覚めて芋焼酎の「村尾」と蟹とウニの甲羅蒸し飯でちびちび。

食べ過ぎて、着陸前の食事はフルーツの盛り合わせのみ(笑)
今思うと、他にもいろいろ食べたかった。

乗り継ぎ地のパリに着いて入国。バルセロナまではエールフランスで移動しました。
ターミナルを移動してエールフランスのラウンジで搭乗を待ちます。
ここの混み方はハンパなかったです。食べ物はパンやクッキー、ヨーグルト。飲み物は赤白ワイン、ビール、各種ソフトドリンクです。wifiは1時間無料でした。

出発は19時過ぎ。成田からバルセロナまで荷物を預けてて、ゲートで、「荷物が積み込まれたことを確認しました!良い旅を~」と声をかけてもらいました。
冬なんで外は真っ暗です。飾ってあるコンコルドや第1ターミナルのライトアップが綺麗でした。

座席はプレミアムエコノミー。隣はいなかったので、ビジネスクラスよりよかった!?
機内食はこんな感じ。エコノミーとの違いは分かりませんが、シャンパンが選べる点は違ったはず。
シャンパンが美味しかったです。

パリから1時間20分でバルセロナに到着しましたー!
バゲッジクレイムで自分の荷物はスターアライアンスのプライオリティタグが付いて出てくるという変な感じになってました(笑)
空港からカタルーニャ広場まではバスで行きました。
夜だったので、広場からホテルまではタクシーを利用しました。


バルセロナサンツ駅へ。
今回のAVEはプレフェレンテクラス(1等車)なので、ラウンジが利用できます。ここは保安検査場に入る前にあります。早朝のためか、利用者はあまりいませんでした。

座席配列は1-2です。
出発後、イヤホンや新聞が配られました。

そして食事もでます。朝なので朝食を頂きました!
パーサーさんにたくさんパンをすすめられました(笑)

3時間10分でマドリッドに到着。早い電車は2時間40分くらいで着く電車もあります。
駅から徒歩1分のソフィア王妃芸術センターへ行き、ゲルニカを鑑賞しました!感動しました!!
写真禁止の為絵の写真撮れず。

地下鉄に乗って、レアルマドリッドの本拠地サンティアゴベルナベウへ。

ビッグイヤー!
監督のモウリーニョと記念写真を撮る(合成)ことが流行ってる?みたいです(笑)

ベルナベウを後にして、プラド美術館へ。パセオ・デル・アルテを買っていったので、入場はスムーズでした。ここで「裸のマハ」が見たかったのです。「着衣のマハ」は上野で見た直後だったので、なんか感慨深かった。
プラド美術館の後に、ティッセン・ボルネミッサ美術館へ行きました。

アトーチャ駅に行く前に時間があったので、もう一度ゲルニカを見に行きました。この日は土曜日。土曜の14:30からは入場料が無料になります(笑)


地下鉄に乗ってサグラダファミリアへ。地下鉄のホームの「スリはあなたの不注意を狙ってます」というアナウンスからスリは多いんでしょうね。車内でもスリに注意のアニメーションが流れてました。

着きました!入場券(エレベーター付き)を買って入場。あまり並んでなくて良かったです。

螺旋階段はとても狭いです。僕はここで迷子になりました(笑)複雑な構造になってました。

隣の公園から。
出る頃には入場待ちの大行列ができてました。午前中の早い時間でよかった。

見学後パエリアを食べに行きました!これで1人前!?リゾットみたいで、旨味は濃厚でとても美味しかった。店員さんもとてもフレンドリーで良かった。


この日はベティス戦。
チケットはバルセロナ公式サイトから購入。88ユーロと高い席です。並び席でなければ余裕で取れます。
昼間にカンプノウに来てチケットをピックアップ。

試合は21:30から。20時過ぎにスタジアムに到着しました。自分の席の入口を探すのに苦労しました。

コンコースにある売店。ホットドッグやハンバーガー、ノンアルコールビールなんかを売ってました。体調が悪かったので何も買わず。

ピッチがすぐそこ!みんなここに立って記念写真を撮ってました~

選手が出てきてアップ開始。
ベティスの選手が出てきた時のブーイングがすごかった。。。

試合前はイムノ大合唱!メッシのバロンドール受賞や、クラブワールドカップ優勝のセレモニーがありました。
さぁ、キックオフです。

試合は4-2でバルサ勝利。
バルサが2点先制も途中追いつかれる。しかし、2点取って突き放すという、とてもおもしろいゲームでした。
前から6列目というピッチに近い席なので選手は近くて声が聞こえるくらい迫力あり。反対サイドもストレス無く見ることができ良い席でした。
帰りの地下鉄は5号線と3号線が遅くまで運行している様子だったけど、乗り換えた電車が最終だったので危なかった。0時半頃ホテル着。
サッカー最高!


BCNのカタルニア広場からR4に乗って、サン・サドゥルニ・ダイノアまで、往復7.20ユーロ(4ゾーン。 昨年より0.90ユーロの値上がり)
年末の予約を入れたら、1月6日まで休みと。で、休み明けの7日の10:00AMで予約の確認番号を受け取った

9:08AMに電車は”San Saduruni d'Anoiaに到着。寒~い!
パッチと腹巻きをしてくるんだった。めちゃ、冷える。南極はあかんな。
駅前にタクシーを3台くらい見かけるが、運ちゃんがいない。そういうことも予期して早めの電車に乗った。歩くしかないが、いつもの如く、いつものように地図がない! 街の中からもタクシー、拾えるかな、と街へ。いや、村やった
Casa Miro,el "Xalet" Casar Martinell (1929)
夏の避暑地の家。 20世紀主義の建物

Caves Miro 家の隣がワインセラー
あちこちに、ブドウの絵とか、酒倉の看板がかかっているが、いくら何でも、こんな小さなところじゃないやろ?
どこや、今日の目的の コドルニウは? 駅前にあったのは、“駅前留学”? ちゃう、“フレシネ”

R4といえば、昨年いったSt Joan Despiも通り、電車の窓から“卵のようなきのこのような家”も見えた。その駅以前は、工場が多いという印象を受けた。それも電車の駅近くに、こんな現役の工場が。危なくないのだろうか。昔の物資の大量輸送を鉄道と考えれば、まあ、それもわからないではないが。
その後、ブドウ畑っぽいものが見えだした

重、おもしい門、ここか? いや、違う。 村いく、年配の女性に訊くと、”ここからは、と~い、とう~い”と。 まあ、車で5分と訊いたので、歩くと30分、ヘタして40分かなと見たが。

ここか? そうや。 タクシーは村の中では捕まらないと聞き、駅に戻る。で、運ちゃんを見つけ、”いってくれい~”と。メーターが2秒ごと位にあがる。まさかな? 着いたら、”11.40ユーローや”と寝言を。
”おっさん、高いがな”たかが5分やで。”今日は祭日やから”と、あんたは毎日祭日、ちゃうか?と思ったが、あの寒い中をそれも、方向わからず歩くのも。タクシーがあっただけでも感謝なことだ。この人らも、生活かかってるわな、と思いつつ、トータルで14ユーロ近くの金額を言おうとしたおっちゃんを遮り、”すまんな、丁度で。チップなしや”と。
おっちゃん、降り際に、“帰りも呼んでや~”と電話番号をくれた

着きましたでえ。最初に受付に。予約番号を告げ、6ユーロ払う。
前もって予約すると、この料金。飛び込みは8ユーロ也。で、ついでにタクシ―の件も報告しておいた。 だから、予約時に駅からの足のことも訊いたのに、返事なし、だったろ、って

ツア―が始まるまで、待っといて、と。この受付けがあった建物が、私にとっては今日のメイン エベントのカダファルク。 1915年に新しいワインセラーとして建てられた

あちらから、こちらからと。 ステンドグラスなど、その家の産業をいれたりするが、どうもブドウではないようだな

おんなじのをしつこいが。窓際のランプも、グラスを積んだようにようにみたてて

実はここで気がついたことが。それも、この建物ではなくサクラダ・ファミリア。
あそこの天井のしゅろのような葉っぱ。下から見上げると、黄金色のように見えたが、あれはレンガだ。 帰って来て、旅行記に載せなかった別のアップの写真を見てたら、やっぱり

目が悪いので、上まできっちり見えない。 その建物にあるトイレに入った。うん? こちらのレンガ、長さが長い、で、厚さが薄い。
比べるのに手を置いた。(おいおい、大きさ測るなら、レンガの下に手、おかんか?)いっぱい広げて、ピアノの1オクターブ(YAMAHAのピアノで楽勝の1オクターブだが、自分のピアノだと、きつい。18cm)
25cm位はあるだろな。 マジかにレンガが見れた

外観は何となくタラサ市で見たマシア フレィシャの建物を思い出させる。
あそこもおにぎり型の扉

カヴァに使われる白ブドウはチャレロ(Xarel・lo)パレニャダ(Parellada)マカベオ(Macabeo)
ロゼ用には黒ぶどうのガルナチャ、モナステル、と、いきなり説明にはいる

横から。も~ええでえ、ということで、ツア―が始まることに。
まずは、このワイナリーのオ―ナ―からのご挨拶。と、言っても、ビデオ室での映像をみせてくれる。 ガイド氏が、“寝たらあかんで”と

今のオーナーは女性。 で、この会社の名前は、Jaume Codorniuの娘として生まれたAnnaから取られたようだ。やはり、カタルニア、男どもが、バルで、サッカー観戦してる間に、そろばんをはじく。 メルセ、東方三賢者のパレードの指揮をとった人も女性

今日は今年最初の日で、同じ時間帯で廻る方々は最初、3人。遅れて来られた方をいれると5人で廻わった。 フィンランドとUKから来られたらしい

ぶどうを絞りって、一番絞りの果汁のみ使用。カヴァは15kgのブドウから最高は10Lのジュ―スしかとってはいけないと法律で決められていて、そのジュースから、いらないものを取り除き(果肉の繊維など)温度を15-18度で管理されたタンク(今は衛生上のため、木の樽は使わない)内で一時発酵させる

これは新しいステンレスタンク。いつ入れたかの記入が見られた。
この方はガイド氏ではない、フィンランドからの見学者。
ここから又階段を、降りていく

見えるか、見えないか? おサルの電車ならぬ、”ピッチャー交代です”の車に乗って、この壕の中をレッツ壕!

Celler Gran - P i Cadafalch
ここは今、博物館のようになっているが、この下に、カヴァが わんさかあるわけだ。ここ掘れ わん、わん

屋根の黒い所はトレンカディス。 カヴァのボトルの破片を張り付けてある。 ガイド氏が“カタラン人はケチだから”と言ってたが、リサイクル大いに結構。 グエル公園のベンチにしたって、あまったタイルを同じようにトレンカディスしてるんだから

この“コドルニウ” ここは1551年から始まった。 17世代が受けついてきたビジネス。先程の続きだがCodorniuの娘として生まれたAnnaが1659年にMiguel Raventosと結婚したことから続いていく。 Annaの父親の時代から、ワインを造っていたようだが、 このCodorniuという苗字を引き継いだのはAnnaが最後の人となる。 その後、Raventosの苗字を家族は継承していったそうだ

収穫したブドウをこの大きな樽にいれ、年配の女性が、ほらがいのもののようなのを吹き、で、女性たちがスカートをまくりあげて、この中に入って、足でブドウをつぶしていく、ある映画のワンシーンを思い出させてくれたが、これはもう、機械でつぶしていくようだ

まあ、スペインの苗字のことは、はっきりとは知らないが、大体は父方の苗字を使うらしい(相棒も、そうだった。 ちなみにピカソは母方の苗字を使ったらしい)
ともあれ、彼らの息子のJosep Raventosがシャンパン地方を訪れ、その後、ぺネディスにてシャンパン方式を使って独自な発泡性ワイン、CAVAを造りだした

別々に発酵させた各品種のワインをブレンドして、酵母、糖を加え、その後、瓶に詰め、栓をして二次発酵させる。 酵母は呼吸するので、そのワインに炭酸が自然に溶け込んでいき、これが発泡となる。 働いた酵母はそこで、お役目ごめんとなり、糟となる。(”澱、おり”という表現のほうがいいかも)
下に樽が見える。下に行ってここらあたりを見たかったが。。。

最低9カ月、瓶を逆さにし、角度をつけながら回転させ、糟、澱を少しずつ瓶の口先に集め(見学の時にも、口の所を懐中電灯で照らし、見せてもらった)その先をマイナス20度で凍らせて、栓をぬいて、その澱を取りだす。その工程を経て造られたものが、カヴァ(Cava)と呼ばれるものとなる

また、ポスターキャンペーンも始めた。そして1915年会社の新しい顔として、ワインセラーをプッチ・イ・カダファルクに依頼

ガイドさんは細かく、これは何に、どのように使うとかの説明はしたのか、しなかったのか。 とにかく5人だったので、説明を聞かないと悪いような(自分もガイドをしたことあるので、写真ばかり撮ってる人を見ると、おいおい、と思ってしまう。勝手な奴!)物も見たいし。 大人数だと、どさくさにまぎれて、写真も撮れるのだが、さっさと進むのも早いので、じっとしてられない

説明のなかで、ラベントスの一家は、半分はビジネスマン、半分は芸術家だと。
時代は移り、Josepの息子さんのManuel Rervantos。 売り込みに力がはいる。 BCNのワールドフェアーで、この会社はゴールドメダルを獲得。
ワイナリ―も拡張。南米にも輸出

社名のはいった樽。 手ぶれで失礼! 走りながら撮ってるのがわかる

BCNのモデルニズムの店の前を通ると、張ってあるポスター等もオシャレだ。 これも”モデルニズムの店NO2”であげた同じポスター

一度博物館を出て、東屋のようなもののある所に、そこから地下に。
一族が、かっては住居とした家が見える。これもカダファルク。
今のご家族は、BCNにお住まいとか

階段を下りて行く。壁にはぶどうの彫刻なり、苗字の”R”と”C”の彫刻が

で、これからお待ちかねの試飲かとおもいきゃ。その前に違う部屋に。
説明聴いてなくて。 たぶん、カヴァのボトルを使って作ったものか、なにか? 知らん。後方はJosepさんのレリーフかなにか。これもちゃんと見ていない。

人が横に。この方がたはUKのミルトン・キ―ンズから来られたとか

防空壕のようだ。めちゃくちゃ広いので(世界で一番広いと言ってたが)歩いてでは無理。
暗いので手ぶれも続出、よって殆ど写真はナシ

これがまた、ガタガタ揺れまくる。どこを走ってるのかわからない。
要所、要所に”TOKYO” ”LONDRES””HAVANA”などと壁に文字が。 それも撮りたかったが、車は止まらない。 撮れても、流し撮りのような(そんなええもんではない)
この頃のカメラは性能もいいし、おまけにレンズも明るいし、それを使うと、ちゃんと撮れたかも

あれこれ瓶があって、勝手に飲ませていただけるかと、そんな厚かましいことを考えていたが、渡されたのは、白とロゼ
カウンターの後ろは、これまたボトルのおケツ(大ウンの続きか?)

白はなんだっか? これはもっとシャンペンに近い。パンチがあった。
また、飲み干して、一着! 好きではないが、残すのも、と。
おつまみに、小さい、塩のきいたクラッカ―。 近所のスーパーで透明の容器に入って売ってる、1箱、1ユーロもしないやっちゃな、と。
これがまた、旨い! よく考えると(考えんでも)お腹がめちゃ、空いていた。そのクラッカ―(前田のクラッカーに似てる)をわし掴みにして口に放り込めたら。。。 夢のまた、夢。。。

先にロゼを飲んでみてくれと言われた。 ロゼは ”Pinot Noir ”
軽く飲めるかな? 飲み干して、次は白(写真は白)

たまたま12月31日と、また、東方の三賢者のパレードがあった日にカタラン人がカヴァをごちそうしてくれた。1つはフレシネの物と、5日はコドルニウのAnna。 Annaはフル―ティーで、結構飲みやすかった。そのことをガイド氏に話すと、あれは値段も手ごろだし、飲みやすいと。シーフードにはばっちり合いそうだ。後で調べると、シャルドネをブレンドしてるようだった

結構、他の方はゆっくりと味わっていらして、早飲みしたのは私位。
フィンランドの方は、自国では、ごく日常でカヴァは飲むと言われてた。
さて、日本は? と思ってると、日本市場はいいカモ、いや、お得意さんだと説明があった。日本ではたぶん、メルシャンが取引してるんだろうな。
カバだけに、泳いで日本に行くんか~と、思いながら、終わるのを待っていた

ライトもボトルを利用して。 カタラン人、いいね、リサイクルで。

Torre de Can Codorniu
カダファルクは結構、シリンダータイプの塔を家にひっつける。BCNの
Casa Macia, Can Serra, Casa de les Punxesも全く同じような塔がつく。
ツアーは最初から最後まで、1時間ちょっとだったか? まあ、人数にもよるだろうが。最後はお決まりのショップ。 今から村にモデルニズムを見に行くので、パス

ガイド氏と一緒の時はあまり写真が撮れず(説明を聴いてる時もあったので)、もう一度、廻って写真を撮りたかったが、ガイドさんと一緒でないと、立ち入り禁止と

表紙の門を撮りに行った時に気がついた、木。確か樫の木と説明があったな。一度倒れて、復活したらしい

帰りは、UKから来られていた方々とタクシーをシェアすることを提案してみた。受付で、タクシーを手配してもらって、その間に、写真、トイレなど行ってもらった(ここで仕事して、どうする?)

駅まで帰りは14ユーロ。2で割った。 彼らはBCNに。で、私は村の散策に。
Cal Calixtus (1885) - Narcis Aran i Vidal
住所 Diputacio 26
駅から橋を渡って村に入ると、一番に見えてくるモデルニズムの家。ステンドグラスが目立つ

Casa Formosa Rague (1892) - Ramon Maria Riudor i Capella
Diputacio 1
Casa,Cal, Canは家、邸のこと

Cal Sola (1909)
Sant Antoni 17

Casa de la Vila / Ayunyamiento (1896-1900) - Ubald Iranzo i Eiras
Pl. ajuntament 1
今は市役所

市役所の斜め横の家
このあたりから土曜のマーケットが始まっていて、帰りにミカンを買って帰った

ブドウで財を得て、数件はそういった家があるかな、と思ったが、まあ、ここらは、番頭さんクラスの家かも。 テラサみたいな垢ぬけた家は、殆どなし

Ca la Maria Sabat / Cal Rigol(1903)-Miquel Madurell i Rius
Ravel 18
この村では異色な建物

Casa Lluis Mestres (1909) - Santiago Guell i Gran
Ravel 25
Guell の”U”の上には2つのほくろが、よって、グエルと読む

やはりBCNとは時差がある。5日にBCNでパレードがあった東方賢者
が今は、やっとここに来ていたか?

違う店でも。 黒人の王はバルタサ―ル、あとの2人がで、どっちがどっちやら ?

Almacenes Santacana Roig (1905) - Domenec Boada
Josep Rovira 27
今はここもワイナリー。裏にはレストランが

Ateneu Agricola (1908-9) -Miquel Madurell i Rius
Josep Rovira 14

Cavas Freixenet
フレシネのワイナリー、ここも大きい。 駅をでて、すぐ左。1分以内か?
ここは土、日曜日はやっていないようだ
ここの建物は1918~29年に建てられている。Josep Ros i Rosの作品
この建築家はどちらかというと、モデルニズムに相反する、ノべセンティスモ(20世紀主義)の建築家

こちらが正面かも。こちらはモデルニズムしている。
1927-1929年。 どちらの年代が正しいのやら?

BCNに帰ってきて見つけたCodorniuのポスター。
これを見て、うまい!と思ったのは私位か? Annaのポスター。目を細めて見ると、鍵穴に立つ女性に見える。 それで、かぎアナってか? 日本人にしかわからん

途中 “Anna”さんの胸像もあったが。 ストップしてくれい~
最後は、めちゃスピードだして、ゴールに。一着!
競争や ないんやから。
手ぶれだが載せる。 そう、こういった光景を左右に見ながら、ガタガタ走っていく。撮れるかい!

この建物、ナショナル・モニュメントとなった。
ファン・カルロスI王もご訪問

Cavas Codorniu。 再び受付のあった建物へ(戻った訳ではない)
暗いが、ステンドグラスを生かしたかったので。
この波に乗って昨年訪れたカダファルクの生まれたマタロの旅行記を仕上げてしまおう。あそこは思ったより建築物が多かったので、手こずらされた

Raventosの “R”。何世紀もの時を経て、続けられたビジネス。ビンヤ―ドは見れなかったが、この地方では一番大きな物を持ってるという。 自然と向き合っての仕事は本当に心棒のいる仕事だ。いいことばかりではなかったはず。 もらったパンフレットに”この土地に真の情熱をもった17世代の一族”と書かれてあった

BCNのコドルニウのオフィス?まさか家。 今は工事中。2006年9月10日に撮影

Escoles Publiques (1902) - Miquel Madurell i Rius
Pl. Homenatge a la velles 9
学校。しかし、今は使っていない様子だったが、土曜日だったからかも



この日は朝から天気が悪く、まさか、雨なんぞ、降らんだろうな、と心配していたが、夕方には晴れ、この夕日。何のフィルターもつけず、また、ホワイトバランスも変更していない

港から三賢者はやってくる。 こちらは空港バス到着口の、カタルニア広場。まさか、時代の流れで、その三賢者も飛行機でと言うわけではなかろう。それもポケモンジェットで到着とならば、ちびっこ達も大喜びだが

人が多すぎて、動けないので、もう、このカタルニア広場で見ることにした。丁度、ランブラの入口。昨年は1200人がパレードに参加したらしい

私は18:00位にいったが、それ以前から待ってた人も。子供が多いので、夜、遅くなって開始というのもないだろうが、結局ここにパレードが来たのが19:45位だった

最初は、またもや騎馬隊。そのあと清掃車が、馬の糞をひいて行ったので、何とも言えないいい香りが、漂ってきた。
人で、人で、人の頭を撮ってるのか、何を撮ってるのか、わからないが。そこへ、今夜は風がきつくなり、人に押されと、写真も殆ど踊ってるが、順番に出てきた物から載せて行く。

最初は、スポンサーの紹介か。あまり色気はなかったが、この祭り同様、秋のメルセ祭の実行委員会長に言わせると(知り合いの知り合い)、これは、政治的にも経済的にも、いろいろなコネが動き回ってると。大変なこった

イエス様の誕生を祝って、東方から三賢者が贈りものをもってきた。その三賢者とはメルチョ―ル、ガスバ―ル、バルタサ―ルの三人

このパレードは今年、初めて見る。 昨年は、見逃したが、ヒガンテの人形達が、また、練り歩くものと思っていたが、違って、こちらはもっとエキゾチック

警官に、下がるように言われても、パレードが始まると、みんな前に、前に。 なかなか写真は撮れない。隙間からちらっと見たのも載せていく。なかなか衣装が凝っている

合間に、キャンデーが観客に向かって、上から投げられる。心配していた雨も、形をかえて、降ってきた。私は1個のみキャッチ!

ここで三脚使う、常識のない人はいなかったが、子供がいるのに、煙草、スパスパと言う人はいたなあ

パレードを見るのに待ってる子の手には、自分で書いた手紙が。この日は病気になれない。 とにかく、次の日に自分の欲しいものがもらえるかどうかの瀬戸際。子供だって必死のパッチ。

結構、狭い上でも、じっとはしていない。踊ったり、手をふったり

ヴァレンシアの火祭りの夜のパレードも衣装がよかった。非常に、アラブしていた。もう最後に見たのは、20年前くらいになるかも

ここ何日かは温かいBCN。お子ら、薄着に見えるが、大丈夫だったかな?

リズムに乗って、ジャマイカから。 ちょっと位間違っても、まァイイカ

しばし、口あけて、パレード眺めて。ただし、いつ、あめちゃんが飛んでくるやら

で、この後ろには消防自動車。 で、おしまい。40分程だったか

で、三賢者さんはどこへ? と、思ったら、最終セールでおもちゃ買いに来ていた

この日なのか、6日に食べるのか? トルテ―と言うパンのようなケーキ?
この中に、豆と王さまの人形が入っているらしく、豆がでたら、その人が支払い(なんのや?)で、王がでたら、この冠を被る、と。で、その味は?
パン屋さんにもよるが、まあまあですかな。まあ、これもカタルニア

いきなり時間は12月に飛ぶ。 カタルニアでは12月になると、この木の人形、カガティオ(そのまま訳すと、うxこおっちゃん)を置き、水、食べ物を与え、12月24日の前の日に木に毛布を被せ、歌をうたいながら、棒で木をたたくと、お尻からうんxが。いや、プレゼントが出てくる仕組みに。(本屋で、子供の絵本を立ち読みして、自分で解説) 勿論、前に紹介させていただいた大便人形も同じく人気商品。
要は、プレゼントは”健康”ということか? しかし、こっちの子は、何回、プレゼント、もらうねん?


機内は満席でした。席が窓側2席でトイレに行くのも大変でした。
通路側から2席がいいです。

やっとスペインへ向けて出発です。
スパンエアーこれがなかなかでした。


スペイン広場にお店が出ていて、時間があればゆっくり見たかったのですが。

午後は自由行動なので、スペイン広場から地下鉄でモンクロア駅に行き、バスターミナルから628番に乗って行きました。
ただ、降り方がわからないので、外を見て降りました。多くの人がこのバス停で降りてました。

モンクロアのバスターミナル。帰りは、ビレッジの前、歩道を渡らないバス停から乗って戻ってきました。
ここは、大きなバスターミナルでした。

夕食のレストランに行くとき、サッカー場を通りました。車、人で渋滞していました。

夕食のレストラン。
すごく混んでいました。よく見るとレアルの応援の人達です。

夕食からホテルに戻り、どうしても行きたかった。
メソン・デル・チャンピニオンへ10時過ぎに出かけました。

みなさが書いてあったように、お店の前に日本語(カタカナ)でマッシュルームと看板に書いてありました。

お店に入ったら、カウンターには私たちだけでした。
お店の奥では、地元の人達が楽しそうにカラオケをしていました。

地下鉄駅の前にあったマックでトイレを使いました。
コーヒーでもと思ったのですが、11時というのにお客がいっぱいなのであきらめて帰りました。
お店にあったポケモン。

